JUGEMテーマ:つぶやき。

怒られたとき、怒ってくる人に苛立ちを覚える。でも、結局は自分が悪かったのだと反省して、改善点を見つけて考えることをやめればいいが、私は自分を責める。自分を責めるゾーンに入ったらなんてクズなん人間なんだろうと思ってしまう。怒られても仕方ないし、いらない人間なんだと。そんなこと考えていたら本当に心のダメージがすごいし、ずっとこんな風に考えているのは危険だ。怒られたときの悔しさ、悲しさ、憤りをどこにも吐き出せなくて、自分へダメージを与えてもっと大きな心の動きで紛らわしているのかもしれない。もっと建設的な考え方をしたい。

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JUGEMテーマ:今日のおしゃべり

過去の記憶を急に思い出すことがある。私の場合それは大抵、嫌なことの方が多い。勝手に頭の中に思い出したくないことが出てきて、少し落ち込んだり、嫌な気持ちになる。その嫌な思い出は、いくつかあってその中から一つ頭の中に「ぽっ」と出てくるのだ。定期的に同じことが頭に出てくるので記憶に色濃く残る。楽しいこともあったのに、自分の思い出は「恥ずかしい」「失敗」「懺悔」「後悔」「苛立ち」こんなことでできているような気になる。というか本当にそうなのだな。

でも、そうだったとしても今の私には関係のない話。今の私には未来しかいない。これからどうするのか?その選択肢しかない。だから過去のことを思い出しても何の意味もないと思う。思い出したくない過去が頭に出ないほど夢中に日々生活をしたい。そんな幸せなことないよ。

 

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JUGEMテーマ:今日のおしゃべり

私は幼い時、歳にすると4歳ごろ、開腹手術をした。術後すぐにご飯を食べることが出来ず、点滴で栄養を取っていた。栄養は取れているが空腹感はあった。その頃特に、テレビのCMを見るのがとても辛かった。突如出てくる美味しそうな食べ物、それを美味しそうに食べる人たち。また、お昼の時間は同室の人たちのご飯のにおいがたまらなかった。どれくらいの期間だったか正確には覚えていないが、2〜3日というレベルではない。数か月間ほどの期間であったような気がする。その間は食べることはもちろん飲むことも許されなかった。その後、体が回復してきたので食事をとってよいということになったが、長い期間食事をしていなかったため、すぐに普通のご飯を食べることは出来なかった。障子を張るときに使う糊のような10割のお粥から始まって、ご飯の粒粒感が少しずつ少しずつ増えていったという具合だった。ご飯が普通のお粥になった時に、ヨーグルトやバナナが出るようになった。もっとしっかりとした食事が食べられるようになった頃には、プリンやジョアが出てくるようになった。

そう、この時食べていたものたち「ヨーグルト」「バナナ」「プリン」「ジョア」これらは私の嫌いな食べ物です。入院していた期間、様々なことがあったが、ちゃんとした美味しいご飯が食べられなかったこの期間が一番つらかった。空腹を耐え抜いてやっと食べれると思ったら、赤ちゃんが食べるような離乳食以下の食べ物が出てきて絶望した。味も薄けりゃ、触感もない食べ物。こんな記憶と一緒になった食べ物たち。

 

話は変わって、70歳のおじいさんの話。

このおじいさんと私は定期的にお話をする。話好きで、同じ話を何度もする。ボケているわけではない。よく話すエピソードはいくつかあるのだけど、その中の一つに「学生時代の豚肉」という話がある。おじいさんが学生だった時、一般家庭で豚を食用のために飼うことは当たり前のようにあった。その頃に食べていた豚肉が一番おいしかった。とじいさんは豪語する。じいさんの言い分はこう。その当時の豚の餌は食卓で余ったものを与えていた。そのため豚に良い栄養が与えられているからうまい!というのだ。しかし、考えてほしい。現在の養豚の餌は確かに人間の残飯ではないが、タンパク質、炭水化物、ミネラルやビタミン、、、栄養素のことをしっかり考えられた餌は開発されている。じいさんの美味しい!と感じた記憶はなかなか食べられない豚肉を食べた思い出と一緒に味覚として覚えていること。

 

JUGEMテーマ:つぶやき。

 

ケアレスミス。これってもう治らないものなの?普通の人に比べて私はとてつもなくミスが多い。「普通の人」の定義は色々だけど、私の周りの人のことを言っている。例えば、職場の人や友人、知り合い、親戚。

仕事の面でこのミスがでると本気で仕事をやってないとか真面目にやってないとか思われてしまう。真面目にやっていないと自分の中で言い切れれば納得もできる。自分で「私真面目ですけど!」なんては言えないが、帰宅しても仕事のことを考えることはあるし、何かミスがあればそれを改善できる方法を考えて取り入れる。それでも、また新しいミスをする。

 

逆に全くミスをしない人について考える。考えるけども、考えるけども、ミスする人側からの考えだから一般的に言われていることしか思いつかない。でも書いてみるか。

 ミスがない人の特徴を私なりに考える

  • 感情表現が希薄 
  • 無駄がない
  • 効率的であることが好き
  • 頭がいい
  • すごい小さなことで幸せを感じている
  • がちゃがちゃしてない
  • 話すのがゆっくり
  • おっとりしている(ようにみえる)

こんな感じかな。これって。。。。私の真逆の性格じゃん!ちゃんちゃん。

 

真逆の性格だから仕方ないわよ。あなたがミスが多いのは個性であって直すことが出来ないものなのよ。

いやだよ!!いやだ!一生ミスをし続けるなんてぜったいやだ!!!!どうする私!!劇的な変化をどうしても求めてしまう。お金を出してすぐ好きなものを手にすること、転職して別の仕事をすること、一つの決断で簡単に状況を大幅に変更して、今まで生きながらえてきた私。しわ寄せが今きている。私に必要な事は日々の努力なのかもしれない。「ミスをたくさんする私」であることを日々自覚し生きていくことが、ミスを減らす近道なのかもしれないなー。。。。コツコツと、これも私が苦手なこと。

 

JUGEMテーマ:今日のおしゃべり

 

最近分かったことがある。私は文章が読めない。

幼かったころ、私は本を全く読まなかった。私の周りには本をたくさん読む人が結構いて、読もうと思えば本はどこにでもあった。しかし、当時は本の面白さもわからなかったし、分かろうとしなかった。大人になるにつれて、本の素晴らしさに気づき積極的に本を読むようになった。だから、文章を読むことには慣れている方だと思っていた。

ところが。

最近、人の前でちょっとしたメモを声に出して読む機会が何回かあったのだけど、そのたびに間違えを指摘された。間違えはすごく単純で、例えば「〇〇ができてない。」を「〇〇ができない。」、「電話してます。」を「電話します。」とか。単純な間違えだけど意味が異なってくる。今まで読んできた本もちゃんと読めていないばっかりに間違えた意味で納得してしまっている可能性がでてきた。そして、日ごろ理解能力があまりないなー。と思っていた理由もこの読み間違えが原因なのかもしれないことが分かってきたのである。

まじかよ!最悪かよ!聞いてないよ!とか思ってないで改善方法を考える。

ゆっくり落ち着いて読む。というのがまず思いつくが、声に出して読んでいる時は全然焦っていないし、比較的ゆっくり読んでいる。次の案はー…と少し考えてみたが、ゆっくり読むに尽きるのかもしれない。私は間違えて読む人なんだ。というのを認識しただけでも大きな収穫とする。

アルバイト先へは車で出勤して、ショッピングモールの中にお店が入っているため駐車場が5分ほど歩いたところにある。(お店=アルバイト先)シフトで働いているため、出勤時間、退社時間が日々異なっているのだが、ここでお話ししたいのが、退社時間のこと。

 

私は退社時間が他の人と被るのが本当に苦手なのである。同じ時間に上がって、5分間駐車場まで一緒に帰るのが本当に嫌なのです。「え、一緒に帰るの気まずい。」「仕事終わった後もこの人と話さなくちゃいけないの。仕事だから話してるようなもんなのに。」とかとか、、、、絶対思ってるだろうな。と思ってしまう。(きっとそこまで私のこと考えてはないだろうけど。そこが自意識だなーと思うのだけど。)だから、終わったらなるべく早く帰ったり、時間を遅らせて帰ったりしている。でも、その態度が悪く見えたりすると溝みたいなものが新たにできてしまうことがある。本当に何も思ってなかった相手へは、「私のこと避けてるの感じ悪い!」なんて思われてわだかまりができる。

 

ある日のこと。上がった後、ショッピングモールの中のスーパーで買い物してから帰ることにした。そうしたら、私より後に上がった人と出くわしてしまったのである。初めは自分の前に同僚がいることに気づかないでずんずん進んで、その人の隣を抜かそうとしたときに初めて気がついた。さすがに無視はないだろうと思って、声をかけるしかなかった。でも、絶対相手は「え。。後ろから追いかけてきたの。気持ち悪い。」とか思ってたんだろうなー。。。違うんだよ!!気づかなかったんだよ!気づいてたら追いつかないように調節して歩いたわい!!

さらに追い打ちをかけて嫌になるのが、同世代同士(私よりも少し上の世代の人たち)は仲良しなので、そこの人たちと退勤時間が被ったときは本当に地獄。和気あいあいとしている中、猛ダッシュで帰るか、次の週のシフト見たりしてやることある風にして、仲良しさんたちが帰った後に帰るなどして対応している。でも、後者の方は、まだ上がってない人から「あれ?仲悪い??」と少し疑惑を残してしまうから嫌なのです。仕事上は何のわだかまりもなく働いているからなんかこの疑惑もちょっと厄介なのだ。

 

こんなこと考えずにあっけらかんと生きている人もいることを知っている分、こんなことで何で悩んでるのだろうと自分が嫌になってくる。

 

今日も憂鬱な日々を送っているまめ子です。

目の前のことをしっかり、一所懸命にやるしかない。ということ。

 

私は二つの会社で正社員として働いたことがある。一社目が一年。二社目が三年。どちらもかなり中途半端で逃げるようにして退職した。仕事も一人前にできていない状態だった。その後現在はアルバイトのダブルワークという形で二年五か月が経つ。

一社目の仕事、二社目の仕事、そして現在ついている仕事は全く別ジャンルの仕事。別のジャンルの仕事に挑戦してきたというと聞こえがいいが実態はこうだ。

仕事していてなかなか身につかない。周りと比べても自分は劣っている。これから先も成長することはない。というか、この仕事自分に向いてないだけなんじゃないか。(でたでた。よく若者が自己肯定するためにやる考え方。仕事がお前に合わせるのか?!お前が社会に合わせるんだよ!ばか!)なんてことを考え。別ジャンルの仕事にいくわけですわ。でも、結局仕事がうまくいかない本当の理由を理解していないので、次の会社でも全くうまくいかない問題社員であったわけです。

そこで今やっているアルバイト。ブライダル系の花屋と某大手コーヒーショップのダブルワーク。この仕事に就いたときはとにかく長く続けたいと思って始めた。正直、約二年続けた中にも色々あった。若かった私であれば、辞めることを決断してしまうような出来事も多々あった。でも、30オーバーになってやっと自分を変えなければ仕事を続けられないとようやく本当に理解できた。そこからは他から見ても自分的にもめちゃくちゃ惨めな扱いされる日々となった。色々なことを注意される。一日ずっと注意を受けて終わった日もあった。本当に惨め。今までは惨めな思いをしたくないばっかりに落ち込んでいる雰囲気、イラついている雰囲気、、、で壁を作って何も言われないようにしていた。(意図的ではなく自然に。)惨めな思いとは裏腹に仕事は少しずつ(本当に少しずつではあるが。)習得している実感はある。それに加えて自分の弱い部分、ウイークポイントが分かってきた。これはすごくいいことだと思っている負け惜しみではなくて。本当に。

 

どんな状況になっても、惨めな思い、屈辱的な出来事、イラつく言動、あったとしても目の前のことを一生懸命にやること。これに尽きるよな。

 

 

 

おっちょこちょいも一つの個性っていうけど、何も得したことないのですけど。

小さいころから忘れ物多いし、正確性もない。生きていく上でおっちょこちょいって本当に邪魔だと思う。

友達と遊ぶ約束して別の日に行ってしまったり、持っていかなきゃならないもの忘れる。今できないから、あとでやろう。という時は絶対に忘れる。プライベートならまだしも、仕事では信頼をただただなくしていく。むなしぃなぁ。

基本的に目に見えていることしか考えられない。目に見えてないこと、例えば、後々にやろうとしていたこととか、この子にはこの事言ってはイケナイとか。特に誰か人がいるときは集中力が散漫になって抜けてしまうことが多い。

集中力がないのか、なんなのか。ずっとこの性格と付き合ってい行かなければならないと思うと、憂鬱だなぁ。

治ることないでしょ。これ。

今日の会話。

 

友「この前一緒に行ったネイルのお店の店員さんが独立してお店を出したみたいだよ。ディズニーランドみたいなお店にしたみたい。」

私「あぁ。そうゆう家が得意な建築会社あるよね!知り合いが建てた家もディズニーテイストのお家だったけど、そこと同じ建築会社かなぁ。」

友「あ、あるよね!多分そこで建てたんだと思う!かわいいよねぇ♡」

私「ねぇ。」(←本当にかわいいと思っているのだけど、なんかそっけない感じに返事してしまった。)

友「でも飽きそう。私最近趣味が変わって、シンプルなお家がいいと思っているの。シンプルなお家にして家具とか装飾で雰囲気作っていきたいと思っているの。」(←彼女、ディズニー系のかわいいお家好きなタイプなのに。)

 

こうゆう時、返事しっぱいしてしまったと思ってしまう。本当にかわいいと思っているが自分では多分選ばない。でもかわいいと思っているのは本当。というか、自分で選ばない時点でかわいいと思っていないのか?いや違う。かわいいという気持ちがあるのは確か。そうゆう時の反応、返事に困る。困って結局、そっけない反応もしくは棒読みになってしまう。どう言えばよかったのかなぁ。

 

どうやって返事すればよかったのかについてはひとまず置いといて。

「共感」されると何だかうれしい気がする。(日本人だなぁ。。。と実感。)否定されるとなんか悲しい気がする。だからあまり否定的なことって人に言いたくないなぁ。なんて思ったりするけど。”否定することが好きではない”、”否定されることもあまり好きではない。”となるとどうしても自分と似ている人としか付き合えなくなってくるな。それって世界が狭くなってしまう気がする。

自分の好きなものを「好き」と嫌いのものを「嫌い」と言うこと。好きでも嫌いでもないものに対しても適切な言葉を言えること。嫌味なく、相手に嫌な思いをさせずに、自分の考えを伝えたい。

と、言うか、自分自身が否定されることに嫌悪がある限り、人に対しても否定的なこと言えないのでは?否定的なこと言う人は、相手に言われても気にならない人なのではないか。自分の性格から変えなきゃいけないの!?

 

なんかよくわからなくなってきた。今日はもう眠ろう。


 

自分で考える。これって大事なこと。

大事なことだけど、できる人とできない人がいる。何が違うのだろう。私なりに考えた。

自分で考える癖がある人って、人見知りとか対人関係に若干の苦手意識がある人であることが多い気がする。まずそこには「人に聞くのが嫌だ」ということがまずあるのだと思う。そこで、自分で調べたり、解決したり、想像する力がつくのだ。しかし、人に対して何も躊躇がない人は聞くことによって解決していることが多いため、自分で考える機会が少なくて、誰かに聞けば答えが返ってくると思っている。自分で考える力をつけることなく成長してしまっているのだ。

でも、世の中には答えがないことが多くて、ましてや自分の人生のことなんて自分以外誰も答えを持っていないし答えてくれる人もいない。考える力を鍛えることなく成長してしまった大人はどのようになっていくのか?

仕事では何でも人に聞き、最初のうちは丁寧に教えてくれていてもある程度日数がたてば、だんだんと呆れられて対応が冷たくなっていく。本当にむなしい。大人になれば大半の時間を仕事をする時間に充てることになる。その大半の時間むなしい思いをしなければならない。

自分で考える。じぶんでかんがえる。ジブンデカンガエル。。。。

 

一人が好きなくせに、自分で考えることが出来ない。ひどいな。

 

あなたは考える力がある人ですか?

 


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